2012年12月1日土曜日

母体血を用いた出生前遺伝学的検査の導入に当たっての意見書


母体血を用いた出生前遺伝学的検査の導入に当たっての意見書

「ハイリスク」な女の声をとどける会

E-mail: hrwomen2012_gmail.com(_はアットマーク)

 私たち、『「ハイリスク」な女の声をとどける会』は、「新しい出生前検査」の臨床研究の対象カテゴリーとして示された「35歳以上のハイリスク妊婦」をキーワードに、妊婦や元妊婦、これから産むかも知れない女性たちを中心メンバーとして発足したグループです。

  私たちは、「新しい出生前検査」が、妊婦やこれから産むかもしれない女性の声を聴くことなしに導入されようとしていることに、強い違和感を覚えるものです。この検査は、妊婦やこれから産むかもしれない女性のニーズに応え、安心をもたらす検査であると報道されることがあります。しかし、以下に示すように、妊婦がこの検査によって「安心」することはありません。そして、限られた障害のために妊娠継続をあきらめ胎児を失うこと自体が、私たち妊婦のニーズではありません。

なにが私たち妊婦にとっての安心であり、ニーズであるのか、この検査が導入された際に私たちが医療や社会的支援になにを望むのか、私たち妊婦自身の声として、意見を述べたく存じます。

 妊娠初期にわかることは、妊婦にとってジレンマとなり得ます。

「新しい出生前検査」は、妊娠初期での実施が可能なことがメリットのひとつとして挙げられます。しかし妊婦は早ければ4週目には妊娠の兆候を確認し、安定期と言われる12週までの約2か月間、自然流産の可能性を常に心に留めながら、胎児が生き延びることを願います。一方で胎児が命をつなぎ止めることを祈りながら、他方で胎児を失う可能性のある選択をするということが、妊婦にとって深刻なジレンマとなることに是非想いを寄せていただきたく存じます。

また妊娠初期は、さまざまな悪阻の症状に耐える時期でもあり、にもかかわらず、安定期前であるために周囲に妊娠の事実を伝えられない孤独な時期でもあります。このように母児ともに不安定な時期に検査を行うことは、妊婦にとっては必ずしもメリットではありません。

選択的中絶は妊婦の安心につながりません。

妊婦の年齢を問わず、先天異常のある児が生まれる割合は3~5%といわれています。羊水検査や「新しい出生前検査」でわかるとされる染色体異常は、そのうちの6~15%に過ぎません。先天異常の40~60%は「原因不明」といわれています。したがって、「新しい出生前検査」や羊水検査を行ったとしても、すべての先天異常を「排除」できるわけではありません。
 
 また、羊水検査後に人工妊娠中絶を行う場合は、すでに胎動を感じる妊娠中期に行うことになります。麻酔は使用せず、陣痛促進剤を使用して陣痛を誘発し、複数日かけて「出産する」という形で行われます。女性にとっては非常につらい経験です。選択的中絶を経験した女性は、その後も長期間にわたって苦悩を抱えるといわれます。

 このように「新しい出生前検査」は、妊婦や、これから産むかもしれない女性の安心につながる検査とは言えません。特に選択的中絶は、女性の心と身体に、後々まで続く大きな負担を強いるものです。それが望んだ妊娠であれば、人工妊娠中絶によって胎児を失うことを望む妊婦はいません。

臨床研究で提供される遺伝カウンセリングの内容を一般に公開して下さい。

今回はじまる臨床研究で提供される遺伝カウンセリングの内容に、私たちは大いに関心を寄せています。遺伝カウンセリングは、現在のところ、妊婦が検査を受けるか受けないかを選択するために必要となる情報と支援を受けることのできる唯一の場とされているからです。しかし一方で、遺伝カウンセリングの内容が医療の現場でのみ検討されていることに不安も抱いています。なぜなら、妊婦にとって、出生前検査は、医療の中だけに関係する事柄ではなく、その家族の生活、そ してそれをとりまく社会に関係する事柄だからです。

妊婦は、週数に関わらず、胎児の存在を否が応でも感じさせる心身の変化に日々付き合い、その成長に期待と不安を寄せながら、新たな家族を迎え入れる準備を始めます。その過程で検査を受けるか否かを検討するとき、妊婦は胎児との関係だけでなく、パートナーや子ども、家族との人間関係の中で、社会の成員として検査や妊娠継続に関わる決定をすることになります。

ですから私たちは、この個人的であると同時に社会的な決定を行なうにあたって、遺伝カウンセリングの場で提供される情報と支援のあり方を、社会の中で検討することを可能にして頂くことを要望致します。具体的には、是非、この場で提供される情報と支援のあり方を検討する作業を一般に公開して下さい。その上で、さらに必要と思われる事柄は何か、あるいは現状に照らして不適切な点はないか、専門家だけで議論するのではなく、広く一般の人々の意見を募って頂きたく存じます。

妊婦は体内で育ちつつある胎児を産んだ後の支援を必要としています。

障害があってもなくても、子を産み育てることには往々にして予測不可能な困難が伴います。子育てとは、そうした予測不可能さを引き受けることでもあります。 障害のない子を育てることが、障害のある子を育てるのに比して楽であるように思われるとすれば、それは、産む前から育ちに関する情報が多く存在すること、また自ら求めさえすれば、共に子育てをする仲間や支援者が多く待っていることを知らされており、また、実際に待っているからです。

子に障害のある場合にも、同様の情報、すなわち「子が育つ過程」、「育つ過程の似た子を持つ親同士の連携」、「社会に準備されている子育て支援」についての情報を、産まれる前から、具体的には出生前検査を提供する前と後に継続的に提供して下さい。そのために必要であれば、障害者団体、親の会、福祉や教育分野とも積極的に連携をして頂きたく存じます。そして産むことを決めた妊婦と共に子の出生を楽しみに待ち、産まれた後の支援へとつなげて下さい。そうした支援があってはじめて、 妊婦は「安心」することができます。

妊婦とこれから産むかもしれない女性の声を聞いて下さい。

グ ローバル化の時代にあって、「新しい出生前検査」の我が国への導入は不可避であると言われます。もしそうであるならば、この検査を、妊婦が真に必要とする支援を伴って適切に提供して頂きたい。これは、これから検査を提供しようとする医療機関だけではなく、社会全体への切実な要望です。

今後「新しい出生前検査」を提供するにあたっては、何が妊婦にとっての真の安心であり、ニーズであり、必要とする支援なのか、「それが望んだ妊娠であれば、 胎児を失うことを望む妊婦はいない」ということをまず念頭において、妊婦とこれから産むかもしれない女性の声に基づいた議論をして頂きたく存じます。私たちは、そのための協力を惜しみません。

妊婦、これから産むかもしれない女性、あるいはかつて妊婦だった女性と共に、社会の中で「新しい出生前検査」の望ましいあり方を検討頂くことを、切に要望致します。